周囲の人々が微かな興味を投げながら歩き去る中、倒れ伏し注目を浴びている張本人はいつまでたっても動き出さない。

べったりと床に貼りつき、踏み潰されたカエルを連想させる様はせっかくの美形を台無しにしているとしか思えなかった。

数年ぶり……彼の部下であり自称ライバルの遠き友人から送られてくる写真で姿を垣間見てはいたけれど……実際会ってみるとその成長っぷりは見るに耐え難かった、いい意味で。

誰もが認める美形。

キラキラ、フワフワ、擬音で表すならそんな感じがしっくりきそうな容姿。

これが王子様気質というやつだろうか。少女マンガにありがちな、アレ。

しかし彼の華やかさは同性から妬まれる類のそれじゃないかなーなどと推測しながら、派手な音を立ててスーツケースを引き摺りながら歩み寄り、動かない彼を見下ろす。

どんなにかっこよくなっていようと、彼は彼だ。間違いない。跳ね馬だか種馬だかしらないけれど、ディーノさんはディーノさん。

いつまでたっても、部下がいなければ間断なく容赦ない天然ボケとドジっこぶりを披露してくれるディーノさんだ。

「あのー、ディーノさん?生きてますか?」

「ツナ!」

「ひえ!?」

彼のすぐ傍、倒れたきり伏せっぱなしの頭と向き合うようにしゃがみこみ、指でツンと押してみた途端。

反射的に作動する罠の如く、さっと伸びてきた掌に手首を掴まれた。

「捕まえたぞ、ツナ」

「え?あの、はい?」

「もう、逃げようとか避けようとかしたって無駄だからな」

がっしりと俺の手首を拘束する指は幾分俺のよりも長くしなやかだ。

どうやら身長やら体格やらも、未だに勝ち目がないようで……うん、まあ、わかってたけどね!

「イタリアくんだりまで来ておいて、今更逃げるとかありませんよ、ディーノさん」

「いーや、わっかんねえ。普段はこっちが焦るくらい引っ込み思案なのに、ふいに予想のはるか斜め上をいくくらい大胆な行動に出るのが俺の知ってるツナだからな」

「あはは……」

俺ってそんなキャラだと思われてたのか。

「しませんよ。だって今日はお祝いに来たんですから。あ、そっか。えっと……この度はおめでとうございます?」

そう。今回のイタリア訪問にはちゃんとした理由がある。だからこうしてここに立っているのだから。

そう自分に言い聞かせて、重く錆び付いていた腰を上げたのだ。何よりも、誰よりも、彼女のために。

「ありがとう。っていうか、それは俺じゃなくて――」



「私自身に言いなさいよね。まったく、相変わらず気の利かない上に抜けてるんだから」



金色の巻き毛を振り乱しながら肩を怒らせ、カッ、カッ、と踵を地面のタイルに突き立てたその人は、腕組みをしながら顎を上げた。

心底呆れ返り、ふんぞり返るような視線でもって。



「大体、出迎えがなけりゃ道がわからないってどういうことよ。もともと住んでた街の近くでしょうが!方向音痴なの!?アホなの!?バカなの!?」

「まあまあマリア。あんまり怒ると皺が増えるぞー」

「皺なんてひとつもないわよ!!」

「あは、ははは…」



相変わらずストレートな物言いがキラリと光る御仁だ。

黒のスーツに赤いワイシャツを合わせた立ち姿は凛と涼やかで並の男なら見惚れるであろうものなのに……俺がそうならないのは一重にあんなことやこんなことをされたりさせられたりしたおかげ、だろうか。

「お久しぶりです、マリアさん。幹部入り、おめでとうございます」

「やっと言ったわね」

ディーノさんの襟首を引っ掴んで立たせようと前かがみになっていたマリアさんが、ニヤリと、それはもう妖艶に、何かを企むように微笑んだ。

「そうよ、褒め称え、賞賛し、崇め奉りなさい沢田綱吉。そして招待されたことを光栄に思うことね!」

ふふん、と顎をしゃくり上げたマリアさんの頬がほんのり赤く色づいているのは綿密に施された化粧の成果なのか、はたまたそれ以外の要因なのか…。

判断できないまま、いや、しないまま、俺はつられてふにゃりと笑った。








二度と足をつけることなどないと思っていたイタリアの地に降り立った理由はたったひとつ。

マリアさんの幹部入りを祝う会に招かれたから。

キャバッローネ主催のパーティーの招待状がたった三行という激短お手紙付きのエアメールで送りつけられてきたからだ。

友人を祝うために。

格の違いと世界の違いを見せてあげるからとりあえず来い!という遠まわしな気遣いをくれた彼女と、一般人たる俺を快く招き入れてくれた一マフィアのボスのために。

それだけだ。

それだけのために、俺は――。

………。

「ずいぶん遠くまで来ちゃったなぁ……」

「ん?何か言ったかツナ」

「いえ、なんでもないですよ?」

「………」

唇を引き結んだままスッと俺に視線を走らせるマリアさんには気付かなかったフリをして、俺はエントランスの向こう側、空へと続く外界へと目を向ける。

「………ただいま」

 鼻がツンと痛むほど、晴れ渡った高い空が続いていた。






Frutte verdi〜il principe azzurro〜 青い果実と水色の王子様から一部抜粋